関係性の選択(≪誰か≫について)

生きていくうえで自分や他のだれかとの関わりは否応なく必ず生まれてきます。その関係性をどう選択し、どう結ぶかを選ぶ権利が、私達一人一人にあると思います。

 

好きな人に好かれたい、嫌な人を遠ざけたい、こういった思いは、今までに何度となく誰もが経験している事だろうと思います。

誰もを好きにならればならない、誰もを嫌ってはならない。これが出来たら確かにすごいことだと思いますが、僕には出来ませんしやりたいとも思いません。好きな人を好きになりたいし、嫌いな人とはなるべく関わりを減らしたいです。そうしたとき、自分がどういった関係を自分やその人と結びたいのかという望みが重要になってきます。

自分がそうしたいと思うからこそ、自分自身や誰かとのかかわり方が変わっていく。なぜなら、自分や相手に対してどういう態度で臨んだり、どんな言葉をかけるかを決めているのはすべて自分自身だからです。そういう意味で、こちらがどう関係性を持つかという選択権というのはすべて自分にあるのです。

 

 

もちろん、自分以外の人も当然この権利を持っているわけで、こちら側が出来るのはこういう関係性を持ちたいというアプローチで、それがその通り結ばれるかどうかは相手次第になります。恋愛でいくら相手が好きでも、相手が自分を受け入れてくれる保証は誰も出来ないのと一緒です。

逆もしかりです。もしも相手が嫌でしょうがなく、その相手を遠ざけようとした場合、当然その相手も自分を嫌ってくることもあります。自分の事を嫌ってくるというのも、自分が誰かを嫌いになるのと同じ、相手の当然の権利です。

 

ただ、この選択は瞬間瞬間で変わっていきます。昔演奏した曲が年を経ると違う印象になり、もっと好きになるor興味がなくなるのと同じように、自分が何かしら変わってきたりすれば、相手とどんな関係を持ちたいかも自然と変わってくるものなのです。

 

だから、ずっと好きでなくていいし、嫌いでなくてもいい。その時のその瞬間、自分は相手とどんな関係性を持ちたいか?を大事にして人と関わりを持ってもいいと思うのです。そして、自分にはいわば関係性の招待状を相手に送る事しかできないので、相手がどうそれを受け止め、どう返すかは相手にお任せして、もしそれが自分の望み通りになったら嬉しくなればいいし、そうでないならただそれを受け止めるだけでいいのです。

 

だからこそ、誰かを好きでいなきゃ、好かれなきゃ、あるいは誰かに嫌われたら自分の価値はない。なんてのはあり得ません。自分が相手とどう関係性を持つか選択する権利があり、そしてこういう関係を持ちたいとただ招待する権利があるのです。そしてそれは誰にでもある権利です。

 

今回は自分以外の人との関係性について書いてみました。しかし、関係性というのは自分自身にも、あるいは今座っている椅子、住んでる場所、仕事の道具、楽器、演奏する譜面など、ありとあらゆるものに存在しています。そう考えてみると、周りや自分にどんな変化が起こるでしょうか?興味を持ったら、ぜひ試してみてください。

 

 

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