練習の提案②~動きのプロセスを分析してみると・・・~

前回、なぜ繰り返し練習しても出来ない、改善しない事があったりするのか?

人によって習熟に違いが生まれるのかの原因について、

 

動きが起こった後の感覚を基に動きを再現しようとするから、自然で楽な動きが出来なかったり、結果として問題の改善から遠ざかる場合があるため

 

と書きました。今回は、これについて説明します。

少々長くなりますが、興味がある方はお付き合いください。

 

 

 

さて、歌うにせよ、楽器を吹くにせよ、弾くにせよ、共通していることがあります。

それは、「カラダのどこかしらが動いて起こる事」です。

 

歌は声帯はもちろん、発音のために口や舌も動きますし、呼吸も普段より活発になり、表現の為に腕や足も動きます。

楽器も、構えるため、演奏するために腕、肘、手首、指先が動きます。もちろん呼吸も。

声楽も、管、弦、打楽器もピアノも、音を出すために全身が動くし、全身が使えます。

 

では、この動くというのがどうして分かるのか?

 

指先を動かしてみましょう。目の前で動かさなくても、動いているのがわかりますよね。

 

この時の動きのプロセスは

 

指先を動かそうと考える→脳が指先の筋肉に動く為の指令を神経を通じて出す→指先の筋肉が伸縮して動きが起こる→動いている感覚が神経を通じて感覚としてフィードバックされる→動いていると認識できる

つまり

思考→動き→感覚の順番になっています。

 

感覚は一番最後に来ます。感覚の前に必ず考えや思考によって動きが起きています。よって

 

 

結果である感覚をいくら操作しようとも、動きは起きてしまった後である

 

動きを変えるには、その前の思考の変化が必要になる

 

という事なのです。

 

感覚でいくら操作しても、元の思考が変わらないと改善は起こりません。

 

 

そして他にも気を付けるべきことがあります。

 

まず感覚というのは強いフィードバックであり、脳にとっては「そこを動かしている」と実感できる経験値になります。

 

ですので、例えば解剖学的に間違った思考であっても、その結果動きが起きて感覚が返ってくれば、脳にとっては動きが出来ているという事でそのまま良しとしてしまうのです。

別に脳にとっては解剖学的に正しいかどうかの判断は必要ではないのです。指示を出し、動いて、結果が返ってくればそれを正常と判断します。

 

 

その結果何が起きるか。試してみたい方は以下の言葉を思いながら実際に動いてみてください。

 

「息をお腹の底の方まで吸ってください」・・・何が起こりましたか?

 

お腹が、かなり前に膨れてきて、吸おうとすればするほどお腹や胸、背中のほうにこわばる感じが生まれたのではないでしょうか?

人によっては別の反応も生まれると思いますが、大抵はこわばりが生まれ息苦しくなる結果になるかとおもいます。

 

管楽器演奏者にとっては、こわばりや息苦しさは避けたいものの1つですが、見事にそれが生まれてしまっています。

 

 

お腹が前に膨れるのは、肺に息を入れるため横隔膜が下がり内臓を押し下げるため、内臓を守るため余裕のある前の方へと内臓を逃がす動きであるので自然なことなのですが、肺はお腹の底までは膨らみません。

 

肋骨の中と鎖骨の少し上のあたりで肺はふくらみ、息をため込みますが、「底の方まで吸う」という思考により、無理なことを実現させようと体が無茶をし、どこかしらにこわばりが生まれるのです。

 

 

「身体は脳の指示に対しとても忠実に働いてくれます」

 

 

そしてそれが結果的に自分に苦しみを与える動きでも、可能な範囲で動いてくれてしまいます。

人間の身体にとって不都合な動きでも、思考1つで簡単に実行する。

 

言い換えれば脳と体はとても優秀な機能をもっていて、思考を気を付ければもっと楽に自由になれるという事です

 

 

管楽器では「お腹で息を吸う」という演奏上不都合な動きを生む言葉があるように、弦、打楽器やほかの楽器にも、自分の身体構造を無視して不都合な動きを生んでしまう言葉があるのかもしれません。

そんな時は、思い切って言葉を捨ててしまいましょう!

 

 

 

なぜ人は練習しても改善できない場合があるのか

その練習で起きている動きが、解剖学や楽器の演奏上、不合理で不都合のある動きをしている場合がある」ためです。

 

なぜ繰り返し練習しても上手くいかない場合があるのか

繰り返しの練習は動くための神経の成長を促すものであり、そもそもの動きを指示している思考が変わらなければ、結果は変わらない」からです。

 

なぜ人によって習熟が違うのか、練習時間が少なくても上手くなる人がいるのか

練習の回数や時間、集中によって神経の成長や動きの習慣化は様々であり、場合によっては練習を休む、止めることが、不都合な動きを止めて、新たに演奏上で楽で自由な動きを生み出せる」土壌を作り出すためです。

 

 

上手くなるため、自分の体調やココロ、何かを犠牲にして練習をやり続ける必要はありません。

 

 

必要なのは事実の「観察」と、何をためして結果がどうでも受け入れられる「環境」です。

 

 

 

 

 

次回が一区切りとなります。

 

~個人練習における練習の提案~やっとこのタイトルの本題を回収します。

 

 

ヒントは「なんでも実験室」です。

 

もっと色々な事が知りたい!
と思われる方は、メルマガ

【管楽器奏者のミスを救うメルマガ】
~理想通りに吹くための365の方法~
http://www.reservestock.jp/subscribe/57638

を無料で配信中です。よろしければぜひどうぞ!

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です