演奏者が「約束」できること

皆さんは、演奏の本番をについて何か考えたことはありますか?

「来てくれた人に楽しんでほしい」「練習が足りないかも・・・不安だ」「めっちゃ会場もりあげよう!」などなど、色々な考えが人それぞれにあると思います。

今回はその中でも、自信がない人、良い演奏が出来ていないと自分を責めてしまう人、真面目な人誠実な人向けに記事をを書いてみます。

 

さて、タイトルのとおり、僕たち演奏者は一体何を約束できるでしょう?

「きれいな音楽を聴いてもらおう」「良い演奏会だと思ってもらえるように演奏しよう」「来てよかったと思ってもらおう!」「楽しんでくれるような演奏会にしよう」など、来てくれた方々に感謝しながら、何かを思ってもらおうとして演奏したりすることもあるのではないでしょうか?

 

相手を喜ばせたくて何かをする。これはとてもすばらしいことだと思います。

 

 

しかし、この考え方には少し注意点があります。

 

それは本来コントロールできない相手の心情をコントロールしようとしている点

そして演奏の成否を相手の評価に自然とゆだねているかもしれない点です

 

 

1つ目の点は、相手に「~してもらおう」としている事です。

聴いてもらおう、楽しんでもらおう、思ってもらおうetc…

聴く人がどう感じるかは聴く人の自由、私たちには無理やり誰かの心情を操作したりはできませんし、また、しようとは思わないでしょう。

 

2つ目の点では、例えば終演後挨拶に出て来てくれた方と話した時、相手の表情や感情を読み取って自分の演奏の評価を「こうだったんだ」と思ったり、後日アンケートを見て「こういう風に思われたんだ」と自分が受け取る場合です。

 

客観的な視点は自分の問題点を明らかにしてくれますし、アドバイスをもらえたと受け取れれば良いのですが、人によってはそれを自分を責める材料として自然と使ってしまう場合があり、アドバイスのはずが余計な体の固さを生み出してしまう恐れがあります。

なにより「楽しんでもらおう」が望みであったはずなのに、いつの間にか演奏の上手い、下手がどうであったかが気になり、「楽しんでもらおう」はどこかに行ってしまっているのです。

 

だから、「誰かを喜ばせたいから~してもらおう」では約束になりえない可能性があるのです

 

 

では、演奏者は何を「約束」できるのか?

 

僕は、演奏では「自分を含めその場にいるすべての人が幸福でいられるように、演奏している瞬間に自分や誰かに敵対したり傷つけようとせず、演奏しよう」が、「約束」できる事だと思います。

 

これは、よく言われる「楽しく演奏しよう」にも通じる事だとも思います。

 

 

少なくとも、会場で演奏が響いている瞬間は、私たちは身体的にも精神的にも脅威に襲われることがなくなります。なぜなら演奏者は誰かを傷つけようとする目的で音楽を演奏しないし、聴いている方々も演奏者を傷つける目的でその場にはいないからです。

 

全員、ただ音楽を表現したくて、感じたくてその場にいるのです。

 

だから演奏者が誰かのために音楽を演奏するのなら、「自分も含めて全員が幸福でいられるように演奏する」が、自分が来てくれた方に対しての約束出来る事だと思っているのです。

 

そしてそのためにやるべきなのは「演奏中にミスや出来なかったことがあっても、かまわず自分の思い描く音楽を演奏しつづける」ことです。

 

 

演奏中に失敗をしたらそのミスを取り返したくなるのとてもよくわかります。ですがそのミスを取り返そうとしている間にも音楽はどんどん進んでいます。

 

ミスをした際に起きる自己批判は、あとで考えれば良いことで、演奏している瞬間にそれを考えるのは自分への害になりますし、妨げになります

 

これは別の機会で書きますが、演奏で「完璧な時間」は存在しません。

ただ瞬間瞬間の積み重ねであり、演奏で完璧に見えるものは瞬間瞬間の「自分はこうする」が上手く働いている結果なのです。

 

だから途中で何が起きても、その瞬間瞬間に自分のやりたい事をやり続けるのが、音楽の演奏だと思います。

 

 

そして瞬間の自己批判は、多くの場合ただ「ミスの指摘」に終わり、良さそうな解決策など出してはくれません。

誰かに、次にこうしてみたらという提案がなくただ延々とミスを指摘されると考えたら腹がたつでしょう?

演奏中の批判はそれを自分が自分に対し行っている事なのです。建設的ではありません。

 

 

だから、演奏中はそういう敵対的な態度を自分に取らず、自分の望みを大切にして、自分を改めようとするのは後の機会にまかせて、ただ望むとおり演奏しつづけるだけでいいのです。それが結果的に聴いてくれる方々と共に音楽の世界を共感でき、それがお互いの幸福につながります。

 

楽しく演奏しよう」に通じるといったのはこれらの点です。

楽しさがあるとき、批判はありますか?自分に敵対していますか?誰かを排斥しようとしていますか? NOです。

 

 

誰かが聴く聴かない、どう思うかは誰か次第、そして自分も演奏するしない、演奏中どんな風に自分に接するかは自分次第です。

だから自分が楽しければ、楽しく演奏すれば、そこに加わりたい人は自然と入ってきますし、自分も誰が入ってくるかは相手次第なのだから、ただ相手に対して楽しさへの招待を送り続ければいいだけです。

 

 

僕にとっては、自分の癖の発見や、癖の抑制はアレクサンダーテクニークが教えてくれますし、代わりに自分にとってより建設的な思考をBodyChanceメソッドが教えてくれています。

その中で言われた「皆さんを演奏に招待する」というプランも、良いと感じたから今も使い続けています。

 

 

まだまだ探せば建設的なプランがたくさん出てくると思います。BodyChanceメソッドだけじゃなく、世界には良い言葉、建設的なプランがたくさんあるのだから、自分が好きに選択すればいいのです。選択していいのです。

 

誰かの言葉だったと思うのですが「演奏中は世界で一番うまいと思う、演奏後はダメ出ししまくる」でもいいのです。

 

演奏は自分も誰かも幸せにできるし、そのためにただ自分の出来る事をやる。ほかの事は誰か次第だから任せる。そんな風に自分に「約束」してみてやってみてはいかがでしょうか?

 

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