「おめでとう」を自分にも言ってみよう

あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。

この「おめでとう」だったり、「いい感じだね」や「素晴らしい!」など、ほめる言葉というのは自信をあたえてくれたり、嬉しい気持ちにさせてくれる言葉です。

 

昔から「ほめて伸ばす」という言葉があるように、自信や嬉しい気持ちのパワーは大きく、「私はここにいていいんだ」「望みをもってここにいていいんだ」という存在の肯定を自分に与えてくれます。

 

この肯定は、とても大切なものです。

生きるパワー、前に向かう勇気の素になり、望みに向けて歩みつづける情熱にもなるからです。

これが成長するということ、つまりスキル、音楽性、ココロを「伸ばす」「育てる」事です。

 

 

 

 

 

 

 

さて、この「ほめる」という事は、誰かから言われるのものだけだと思っていませんか?そんなことはありません。

誰かに言ってあげるのと同じように、自分で自分に対し言ってあげることができますよね。

 

 

だけど、ときに何故か自分を褒めることに対して「それは慢心だ」「増長しちゃいけない」と理由をつけて褒めることを避けたがる場合があります。

 

自分をほめる=自分をダメにする」と考えてしまうのです。

 

これはなぜでしょうか?

 

 

 

 

 

これはある意味「望みを実現するため、自分が成長すべきだ」という向上心からくる場合があります。

 

成長するために、他人の意見を聞くべく謙虚であろう」や「増長していたら嫌われてしまう」だったり、「慢心していたらいつか失敗するから、しないように生きよう」と未来の事について今から準備するといった場合もあります。

 

演奏する人には、さらに「謙虚でいなきゃ、アンサンブルやオケでスタンドプレーになってしまう」「上手い人がいるのに、それより下手な自分を褒めるなんてできない」と思い込んでしまったりする場合もあります。

 

 

 

 

 

ですが、「ほめること」と「増長、慢心すること」を同一視するのは間違っています。

 

なぜなら、「ほめる」は現実に起きている事についてのアクションですが、

増長、慢心する」は現実ではないことに向けてのアクションだからです。

 

 

 

 

少し思い出してみてください、我々が自分をほめるというのは、何かを出来た事、上手くいくようになった何かのスキル、良いと思った考え方、など現実に起きている事ではないでしょうか?

起きていないことを褒めたりはしないし、出来ないのではありませんか?

 

 

対して、慢心、増長するには、例えば「俺は誰よりもホルンが上手い」とか「誰よりもピアノが弾ける」等を本当に信じる、思い込む必要があるわけですが、それは現実ではないです。

だって、世の中にはすばらしいホルン吹きの方々やピアノ演奏家の方々がいらっしゃいますし、現実にいらっしゃる人たちを無視するという、とても非現実的な事をあえて起こす必要があると思います。

 

 

 

比較してみたら、むしろ褒めることの方が現実的で、起きていることを認めてあげられています。

 

 

 

 

 

「自分をほめる=自分をダメにする」という思い込みを捨ててしまいましょう。

 

もっと出来るようになった事を褒めていいんです!

 

楽器を吹ける、譜面が読める、音楽のフレーズを歌うことができる。 とか

 

料理作れる、コーヒー淹れられる、人に何かを伝えられる、教えられる。

 

出来るようになった事すべてが、皆さんの自分に誇れる事です。

 

どれも最初から出来ていたわけではありません。

皆さんがそこに情熱をもって、時間をかけて、望みをもってやってきたから、今できるようになったのです。

 

 

 

 

 

 

その分野でまだまだ上手い人は大勢いるし、その人たちに近づきたい、並びたいと思うことは誰でも思います。

そのための方法の中に、比較や自分の反省、謙虚に学ぶことだけでなく、ぜひ「ほめる」を加えましょう。

 

ほめることは何もダメにしません。私たちが私たちの味方になるための大切なツールです。

 

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